魚は釣り針の存在を知っているのか|学習・記憶・知能の話

魚に毎回質問しているが、答えてくれない

釣りをしていると、ふと疑問が湧いてきます。

虫エサを吸い込むシロギスは、エサの中に針があることを知っているのか。
堤防でサビキに群がるアジには、なぜか知性を感じない。
管理釣り場のスレた魚は、明らかに警戒している。

縄文時代から人間は釣り針で魚を獲ってきました。数千年の歴史があります。
魚には学校もなく、教えてくれる親もいない。知識はすべて経験則のはずです。
それなのに、なぜ「スレる」魚がいるのか。なぜ「入れ食い」の魚がいるのか。

研究者が実験で調べた結果を整理します。


「魚の記憶は3秒」は完全な誤りです

まず前提から崩します。

「魚の記憶は3秒しかない」という話を聞いたことがある人は多いと思います。これは完全に誤りで、現在の研究では否定されています。

1969年〜1970年にかけてBeukemaが行ったコイの実験では、一度釣られたコイは1年後も釣られにくい状態が続いていたことが確認されています。ホンソメワケベラは11ヵ月前の怖い経験を記憶し回避しようとする、レインボーフィッシュはわずか5回の練習でネットの脱出方法を覚え1年後も覚えていた——こういう実験結果が複数の魚種で出ています。

「魚は記憶が短い」という前提で釣りを考えると、話がずれてきます。


魚は「釣り針」という概念を理解しているわけではない

では魚は釣り針を認識しているのか。

これは「認識している」というより「条件反射的に回避するようになる」という方が正確です。

針がかりの経験は魚にとって強烈な体験です。「エサに近づいた→突然痛い体験をした→引き上げられた」という一連の体験を、魚は記憶として持ちます。「釣り針とはこういうものだ」と概念として理解しているのではなく、「あの種類の状況は危険だ」という条件反射的な回避として機能しているとされています。

Beukemaの実験では、1度釣られた魚は「ポアソン分布」(ランダムに起こる出来事の予測)から有意に外れて2度目以降釣られにくくなりました。これは「釣られやすい個体が先に釣られて釣れにくい個体だけ残った」のか「釣られた経験から学習した」のかという2つの仮説がありますが、実験の結果では学習説を支持する証拠が得られています。

ただし同じ魚種(イワナ)の野外実験では個体差も学習効果も確認されなかったという結果もあり、魚種・環境・条件によって結論が違ってくるというのが実状です。


シロギスは「針」より「匂い」で反応している可能性が高い

シロギスは嗅覚で獲物を探す魚です。虫エサの匂いに含まれるアミノ酸(グリシン・プロリン・アラニンなど)に強く反応します。

針付きの虫エサを吸い込むとき、シロギスは「エサの匂いがする→口を使って吸い込む」という行動をしています。針の存在を視覚的・触覚的に把握して「これは針がついているから危ない」と判断しているのではなく、匂いと動きに引き寄せられて吸い込んでいる可能性が高いです。

だからこそ「細いハリスにすると釣れやすくなる」という経験則が成立します。ハリスが太いと光の反射や水中での異物感として視覚的・触覚的に警戒されますが、細くすると「エサの匂いがする→吸い込む」という行動が素直に出やすくなります。


アジに知性を感じない理由

「堤防のアジには知性を感じない」という観察は、実は研究とも合致しています。

回遊魚は一般的に、居着きの魚より学習能力が低いとされています。理由はシンプルで、回遊魚は常に移動しているため、特定の場所の危険を覚える必要がありません。危険な場所には戻らなければいいだけで、その「場所の記憶」が生存に直結しません。

一方、テリトリーを持つ居着きの魚——クロダイ・シーバス・大型のシロギス——は特定の場所で長期間生活するため、「この場所でこういう状況は危ない」という学習が生存に直結します。だから警戒心が強く、スレやすい。

アジが群れでサビキに飛びついてくるのは、知性が低いからではなく、回遊生活をする魚として「その場の危険を個体が学習する」必要性が低かったためとも言えます。群れの中で一匹が危険を感じると群れ全体が逃げる「群れの警戒反応」はありますが、個体としての針学習は弱い。


「釣れやすい個体」と「釣れにくい個体」がいる

もう一つ面白い話があります。

同じ場所の同じ魚でも、釣られやすい個体と釣られにくい個体が最初から存在するという仮説(Martin仮説)です。

ティラピアの実験では、同じ条件下でも一度も釣られない個体と繰り返し釣られる個体が存在することが確認されました。釣られやすい個体が先に釣られて残りが釣れにくい個体ばかりになる——これもスレの一因とされています。

釣り場に通い始めると最初は釣れたのに段々釣れなくなる現象は、「学習によるスレ」と「釣られやすい個体が減った」の両方が重なっている可能性があります。


「魚に痛みはない」も怪しい

「魚は痛みを感じない」という話もよく聞きますが、これも近年の研究で見直されています。

多くの魚には哺乳類と同じ侵害受容器(痛みを感知するセンサー)がなく、大脳新皮質(痛みを意識的に処理する部位)もないため、「人間と同じ意味での痛み」はないとされてきました。

ただし近年は「人間と同じ仕組みではないが、魚なりの痛み体験がある可能性がある」という方向に研究が進んでいます。Beukemaが「針がかりの痛みの経験は、たった一度であっても魚にとって強烈な記憶になりうる」と述べているように、何らかの強烈な体験として記憶されることは確かです。


縄文時代から続く問いへの現時点の答え

縄文時代から数千年、人間は釣り針で魚を釣ってきました。その間に魚が釣り針を「学習」して絶滅していないのはなぜか——という問いへの現時点の答えは、

魚は釣り針を概念として理解しているわけではなく、個体が経験から学習するが、その記憶は群れや子孫には伝わらない

ということです。一匹が学習しても、次の世代はまた釣られます。大きな群れの中では学習した個体が一部いても、学習していない個体が常に補充されます。回遊してきた個体はその場所の危険を知りません。

だから縄文時代から今日まで、釣りが成立し続けています。


店長の結論

魚は針を知らないが、釣られた魚は覚えている

「魚は釣り針という存在を認識しているか」という問いへの正直な答えは、「釣られたことのない魚は認識していない、釣られた魚は条件反射的に回避するようになる」です。

シロギスが針付きの虫エサを吸い込むのは、針を知らないからではなく、嗅覚に引き寄せられているからです。スレた管理釣り場の魚が釣れないのは、経験から学習しているからです。

アジがサビキに無警戒なのは、回遊魚として個体学習の必要性が低いからです。

魚に毎回質問しても答えてくれませんが、研究者が代わりに少しだけ答えを出してくれています。


本記事は学術研究をもとにした解説です。魚の知能・学習に関する研究は現在も進行中で、魚種・環境・条件によって結果が異なる場合があります。


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