縄文人は釣りをしていたのか|出土した釣り針が語ること

答えは、していました。証拠があります。

縄文時代の遺跡からは、釣り針が出土しています。

素材は鹿の角や骨。形は現代の釣り針と同じく鈎(かぎ)状で、返し(かえし)のついているものも確認されています。

縄文時代晩期の釣り針(岩手県気仙沼市田柄貝塚出土、長さ約7cm)

縄文時代晩期(紀元前1000〜300年頃)の釣り針、岩手県気仙沼市田柄貝塚出土、長さ約7cm。The Metropolitan Museum of Art所蔵(パブリックドメイン)

上の釣り針は、岩手県気仙沼市の田柄貝塚から出土した縄文時代晩期(紀元前1000〜300年頃)のものです。長さ約7cm——ハンガーのフックほどの大きさがあります。

「こんな大きな針で何を釣っていたのか」というのが、現物を見た人間が自然に抱く疑問です。


釣り針の素材と作り方

縄文時代の釣り針は主に鹿の角から削り出して作られました。

鹿角は硬く、加工性が高く、適度なしなりがある。骨よりも大きな素材が取れるため、大型の釣り針を作るのに向いていました。加工の工程は、角を割って素材を取り出し、石で丁寧に削って鈎状に整え、針先を研いで仕上げるというものです。

現代の電動工具を使って鹿角から釣り針を復元した記録では、一本を仕上げるのに12時間以上かかったとのことです。石だけで削っていた縄文人にとって、一本の釣り針は数日がかりの労作でした。

釣り針には**返しのあるもの(有鈎)と返しのないもの(無鈎)**が混在して出土しています。返しなしの釣り針は現代でも「スレ針」として使われており、魚をリリースしやすい・針外れのリスクが高いという特性があります。縄文時代から用途に応じた使い分けがあったのかもしれません。


釣り糸は何だったのか

糸の実物は有機物のため残りにくく、確実な資料は少ないです。

ただ縄文時代は「縄文(縄の模様)」の名前が示す通り、縄・紐を作る技術が非常に発達していた時代です。植物繊維(アサ・クズ・シナノキの樹皮など)を縒(よ)り合わせた糸、あるいは動物の腱(すじ)を引き伸ばした糸が使われていたと考えられています。

いずれも現代のナイロンラインとは比較にならないほど太く、伸びや強度も不安定でしたが、縄文人はそれで魚を釣り上げていました。


あの大きな針で何を釣っていたのか

貝塚から出土する魚骨がその答えを教えてくれます。

タイ・スズキ・ベラ・サメ——これらの骨が全国の貝塚から見つかっています。さらに兵庫県の遺跡ではイルカの骨も出土しており、大阪湾に迷い込んだイルカを仕留めて食べていたと考えられています。

METが所蔵する縄文晩期の釣り針についての解説には、「縄文人は沿岸だけでなく沖合の海域でも漁をしており、マグロのような大型魚を捕っていた証拠がある」と記されています。フグの骨も出土しており、縄文人がフグを食べていたことも明らかになっています。現代でも命がけの食材を、すでに縄文時代に食べていたわけです。

ハンガーサイズの大きな釣り針は、こうした大型魚・回遊魚を狙うための道具だった可能性があります。


縄文人の船と漁の範囲

「沿岸だけでしょう」と思いたくなりますが、縄文時代には丸木舟が使われていました。スギやクスノキなどの大木を刳り抜いた舟で、これを漕いで海に出ていたことが分かっています。

黒曜石の分布がその証拠のひとつです。伊豆諸島の神津島産の黒曜石が関東各地の縄文遺跡から出土しており、縄文人が神津島まで往復する航海能力を持っていたことが示されています。神津島は本州から約80kmの沖合にあります。

沿岸の釣りだけでなく、丸木舟で沖に出てマグロを狙う漁も行われていたと考えると、大きな釣り針の存在感が少し変わって見えてきます。


世界最古の釣り針は日本から

縄文時代より遡って、旧石器時代の釣り針が沖縄から出土しています。

沖縄県南城市のサキタリ洞遺跡で発見された貝製の釣り針は、約2万3千年前のものと推定されており、世界最古級とされています。長さ1.4cmで、巻貝の底を三日月形に割り磨いて先端を尖らせたものでした。

縄文時代の鹿角製釣り針より遥かに古く、人類が釣りをしていた歴史は想像以上に深いことが分かります。


店長の結論

釣り針の歴史は、人類が海と向き合ってきた歴史です

縄文人が残した釣り針を博物館で見ると、サイズの大きさに驚きます。そして「これで何を釣っていたのか」という疑問が自然に湧いてきます。

貝塚の魚骨が示す答えは、タイ・スズキ・サメ・イルカ・マグロ——現代の海釣りのターゲットと本質的に変わりません。道具の素材は変わり、船は大きくなり、糸は細くなりましたが、魚を釣るという行為と、そこに向かう人間の気持ちは1万年前から変わっていないようです。


本記事の情報は文献・考古学的資料をもとにした解説です。出土品の画像はThe Metropolitan Museum of Art所蔵(パブリックドメイン)を使用しています。


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