魚はなぜ「さかな」と呼ぶのか|酒と魚が日本語の中でつながっている話

釣った魚で一杯やる。釣り人にとって最高の時間のひとつです。

この「魚で一杯」という組み合わせは、実は日本語そのものに刻まれています。私たちが普段使っている「さかな」という言葉の語源が、酒だからです。


「さかな」は魚のことではなかった

「さかな」の語源は「酒菜(さかな)」です。「さか」は酒、「な」は菜。鎌倉時代の辞書『名語記(みょうごき)』にそう記されています。

酒菜とは、酒に合わせて食べるもの。現代の言葉で言えば「つまみ」や「肴」です。もともとは魚に限らず、野菜でも肉でも、酒と一緒に食べるものはすべて「さかな」でした。

では魚のことは何と呼んでいたのか。「うお」です。「水を得た魚のよう」ということわざがありますが、これは「さかな」ではなく「うお」と読みます。古い用法の名残です。


酒の席に魚が出続けた結果

奈良時代の書物『常陸国風土記』には、すでに「酒」と「肴」がセットで書かれています。1200年以上前から、日本人は酒を飲むときに何かを食べる習慣があったことが分かります。

そして酒の席に最もよく出てきたのが、魚でした。

海に囲まれた国で、手に入りやすく、保存がきき、酒との相性がいい食材。祝いの席・祭り・宴会に魚が欠かせなかった。酒の席に魚が出続けた結果、「酒のつまみ」を意味していた「さかな」が、いつの間にか魚そのものを指す言葉になっていきました。

1603年にイエズス会の宣教師が編集した『日葡辞書(にっぽじしょ)』には「Sacana サカナ(肴)。肉や魚のような食物。また、何であれ、酒を飲む時におかずとして食べる嗜好物」と記されています。室町時代の時点ではまだ「さかな=酒のつまみ全般」でした。

江戸時代に入ると、酒席に出される魚料理を指して「さかな」と呼ぶようになり、明治以降に魚類一般を「さかな」と呼ぶ用法が定着したとされています。


「肴」という字が残っている理由

現代の日本語には「酒の肴(さかな)」という表現があります。

枝豆でもチーズでも、酒と一緒に食べるものを「肴」と呼ぶ。これは「さかな」の本来の意味がそのまま残っている表現です。魚に限定されない、酒のつまみ全般を指す言葉として生き続けています。

つまり「さかな」という言葉には2つの意味が共存しています。ひとつは魚類を指す「魚」、もうひとつは酒のつまみを指す「肴」。同じ読みで異なる漢字を使い分けることで、両方の意味を日本語は保存してきました。


釣り人は「さかな」の原点にいる

釣り人が魚を釣って、帰って酒を飲みながら食べる。

この行為は、日本語の中で「魚」と「酒」が一体化した原点に立ち返っていることになります。スーパーで切り身を買ってきて食べるのとは少し違う。自分で獲った魚で酒を飲む。「酒菜」という言葉が生まれた時代の食卓と、やっていることは変わっていません。

ただし釣り場では飲まないでください。堤防もテトラも磯も、酔って立つ場所ではありません。魚と酒が出会うのは、無事に帰ってきた食卓の上です。

釣り場を探す →


語源については諸説あります。本記事は複数の文献・辞典の記述をもとに構成しています。