ニシンは消えて40年戻らなかった|魚の資源管理と釣り人の話
「やれば戻る」という実績があります
魚の資源管理という言葉には、どこか義務感や説教のニュアンスがつきまといます。「自然を大切に」「持続可能な利用を」——正しいことを言っているのは分かるが、釣りの楽しさと結びつかない。
この記事では道徳の話はしません。
「管理をしないで乱獲したら魚が消えた」「管理を始めたら魚が戻った」という実際に起きたことを整理します。釣り人にとって最も重要な事実は、やれば回復するという実績がある、ということです。
稚魚放流は資源回復につながるのか
子どもたちがヒラメやクロダイの稚魚を放流するイベントがあります。地域の海への親しみを育てる取り組みとして意義はあります。ただし「稚魚放流が資源回復につながるか」という問いへの答えは、科学的に慎重であるべきです。
2023年、北海道大学大学院の研究チームが学術誌PNASに論文を発表しました。内容は「魚のふ化放流は多くの場合で放流対象種を増やす効果はなく、種内・種間競争の激化を促し生物群集を長期的に減らす可能性がある」というものです。理論的なシミュレーションと実際の河川調査の両方から得られた結果で、長年続けられてきた放流事業に疑問を投げかけました。
研究チームは「持続的な魚類資源の管理や生物多様性保全には、河川などの生息環境の改善や復元など別の抜本的対策が必要」と提言しています。
稚魚を放せば魚が増えるという単純な構図ではなく、魚が自然に産卵・成長できる環境そのものを保全することが本質的な資源管理につながるという考え方です。
クロマグロ——管理を始めたら回復した
太平洋クロマグロは、現在進行形で「管理すれば回復する」を示している事例です。
クロマグロの資源量はかつて過去最低水準まで落ちました。国際的な科学機関ISC(北太平洋まぐろ類国際科学委員会)の分析を受け、WCPFC(中西部太平洋まぐろ類委員会)では2015年から30kg未満の小型魚の漁獲を2002〜2004年水準から半減する管理措置を導入しました。
その結果として、資源は回復してきています。2024年のWCPFC年次会合では、令和7年以降の大型魚の漁獲上限が令和6年の1.5倍に増加することで合意されました。管理を強化した結果、枠を拡大できるほど資源が回復したということです。
この管理は釣り人にも適用されています。クロマグロの資源管理は、漁業者と同じ資源を利用している遊漁者・遊漁船業者も対象になります。堤防からの釣りも含め、採捕停止命令が発出された場合は釣ることができません。違反した場合は1年以下の懲役もしくは50万円以下の罰金または拘留もしくは科料が適用されることがあります。
クロマグロを釣る予定がある人は、水産庁のクロマグロ遊漁ページで最新の採捕状況と規制を確認してから釣行計画を立ててください。
ニシン——管理せず乱獲して消え、戻るまでに40年かかった
北海道のニシンは、日本の資源管理の失敗と回復の歴史を最もよく示す事例です。
明治時代、北海道のニシン漁は空前の規模でした。1897年の水揚げは97万トンと100万トン近い量を誇り、ニシン景気で得た富で各地に「鰊御殿」が建ちました。留萌・小樽はニシンで栄えた港町です。
ところが乱獲が続き、1957年にニシン漁は途絶えました。その後、北海道の日本海沿岸からニシンは消えた状態が続きます。
1996年、北海道主導で産卵場所の形成と放流後の資源管理を行う「日本海ニシン資源増大プロジェクト」が始まりました。そして1999年、留萌市礼受の海岸で45年ぶりに「群来(くき)」が確認されます。
群来とは、ニシンのメスが産卵のため卵を沿岸部の浅瀬に生える海藻に産み付け、オスが一斉に精液を出すために海が乳白色になる現象です。海が白く染まるほどのニシンの大群が沿岸に押し寄せる——その光景が、40年以上の空白を経て戻ってきました。
2009年以降は毎年2月中旬〜下旬にかけて石狩湾の数カ所で群来が見られるようになっています。
北海道のニシンが教えることは2つです。乱獲すれば本当に消える。管理すれば戻る可能性がある。ただし戻るまでに数十年かかる。
ニシン回復を支えた漁業者の自主規制
ニシン回復のもう一つの柱は、漁業者自身による自主規制です。
漁業者は刺し網の目合を1.8寸から2.0寸以上に拡大しました。目合を広くすることで、まだ一度も卵を産んでいない1歳の小さなニシンが網目をすり抜けられるようにしたのです。さらに3月いっぱいまである漁期を早めに切り上げる取り組みも実践しました。漁期が進むにつれて来遊するニシンが若齢化していくという特性を利用して、産卵前の若い個体を獲らないようにする判断です。
目先の漁獲を減らして繁殖サイクルを守る——この選択を漁業者が受け入れたことが回復の基盤になっています。
伊勢湾のコウナゴ——管理していても消えた事例
三重県出身の方にはなじみ深いコウナゴ(小女子・標準和名イカナゴ)の話をします。
コウナゴは伊勢湾・三河湾に春を告げる魚で、釜揚げや佃煮として地域の食卓に長く親しまれてきました。愛知県のコウナゴ漁業者は「マリン・エコラベル」を取得するほど厳しい資源管理を実践していました。毎年資源調査を行い、解禁日と終漁日を決め、翌年に親となる成魚が一定量以上残るように漁獲量を厳しく制限してきたのです。
昭和50年代にいちど資源が激減した経験からこの管理体制を導入し、資源量をある一定レベル以上に保つ努力を続けてきました。
それでも、平成28年(2016年)以降、資源回復を目的として禁漁が続いています。2026年5月時点で9年連続禁漁となっており、1月下旬の仔魚調査でもコウナゴは1匹も採取できなかったという状況です。
厳しい管理をしていても消えた——これはニシンの「管理せず乱獲して消えた」とは別の話です。管理だけでは防げない要因、すなわち水温上昇や海洋環境の変化が加わると、人間の努力だけでは限界があることを示しています。コウナゴは砂の中で夏を過ごす魚で、冬の海水温が平年より高いと産卵が遅れたり稚魚の生残率が下がったりします。温暖化による海洋環境の変化が、管理体制を整えた漁業にも影を落としているという現実です。
相模湾のシラスと生態系の底辺
釣り人として気になるのは「シラスを獲り続けることがイワシ資源に影響しないか」という問いです。
シラスはカタクチイワシの稚魚であり、マイワシ・ウルメイワシの稚魚もシラスと呼ばれます。生態系の食物連鎖の底辺を支える小魚たちです。
水産庁の資料には「シラス漁獲量と0歳魚資源量に直接の関係はみられないが、シラスを含めた漁獲管理が重要」という見解が示されています。現時点では「シラス漁がイワシ資源を直接減らしている」という因果関係は確認されていませんが、管理が必要という認識は共有されています。
ただし「イカナゴですでにそうなってしまっているように、資源量が大きく減ってしまい禁漁を強いられる事態になる懸念がある」という専門家の指摘もあります。コウナゴが9年連続禁漁になっている事実を横目に見ながら、「シラスは大丈夫か」という問いを持ち続けることには意味があります。
シロギスは減っています
釣り人にとって身近な魚でも、資源動向は変化しています。
別の記事でも触れましたが、シロギスの国内漁獲量は近年大幅に減少しており、安い天ぷら店では輸入物が使われているのが実情です。銀座の天ぷら屋で国産シロギスが提供される一方、スーパーでは見かけない理由のひとつがここにあります。
シロギスについては現時点で遊漁者を対象とした法的な漁獲制限は設けられていません。ただし漁獲量の減少傾向は続いており、資源の動向を把握しておく価値はあります。
オーストラリアのキス釣りと日本の比較
以前の話題で触れたオーストラリアのサンドシラゴ(シロギスの近縁種)の話です。
ニューサウスウェールズ州では全長27cm以上・1人20尾までという制限があります。クイーンズランド州では全長23cm以上という最小サイズ規制があります。
日本では20cmで「大型」と喜ばれるシロギスが、オーストラリアでは27cm以下はリリース対象です。この基準が成立しているのは、釣り人が実際に守っているからです。法律だけでは機能しない——釣り人の文化として定着していることが、資源管理の実効性を支えています。
「やれば戻る」に要する時間
資源管理の最大の難しさは時間軸にあります。
ニシンは1957年に消えて、資源回復プロジェクトが始まったのは1996年、最初の群来確認が1999年、安定的に群来が戻ったのが2009年以降です。消えてから元の姿に近づくまでに半世紀以上かかっています。
クロマグロは2015年から管理を強化して、約10年で漁獲枠を拡大できるほど回復しました。魚種と管理の質によって回復速度は大きく異なります。
釣り人一人が今日の判断を変えても、明日すぐに釣果が変わるわけではありません。ただニシンの例が示すように、回復するまでの時間は非常に長い。今の判断が10年後・20年後の釣り場の状況に影響するという視点が、資源管理の本質的な時間軸です。
釣り大会のレギュレーションが変わりつつあります
ここまで資源管理の話をしてきた上で、釣り文化の中で起きている変化を一つ記録しておきます。
SDGs目標12(持続可能な消費と生産)の文脈で、キス釣り大会に釣獲制限を設ける大会が増えています。
批判側の論点は2つあります。ひとつは多点針を扱う技術——仕掛けを絡めない投げ方・取り込み・手返し——は投げ釣り師が長年磨いてきた技術であり、そのルールごと変えることへの反発です。もうひとつは「たくさん釣れた日の快感」という釣りの原初的な楽しみを制限することへの抵抗感です。
支持側の論点は「今あるものを次の世代に残す」という発想です。
どちらが正しいとも言えません。ニシンが消えてから戻るまでに40年かかった話、コウナゴが9年連続で禁漁になっている話を読んだ上で、それぞれが考えることがあると思います。
店長の結論
釣り続けるために知っておくべきことがあります
道徳の話ではなく、自己利益の話として整理します。
魚が減れば釣り場に意味がなくなります。来年も同じ場所で釣りがしたければ、その場所の資源状況が持続していることが前提です。
管理をしないで乱獲して消えたニシン。管理を始めたら回復したクロマグロ。この2つの事実は「やれば戻る可能性がある」という実績を示しています。ただし戻るまでに数十年かかる場合もある。
釣りを長く続けたいという動機が、結果として資源管理につながる——そういう話として考えてみてください。
本記事のクロマグロに関する規制情報は執筆時点のものです。採捕停止命令の発令状況・遊漁規制の詳細は水産庁クロマグロ遊漁ページで最新情報をご確認ください。