日本人が「悪魔の魚」を食べてきた歴史|タコ・サバ・サーモンと寿司ブームの波

日本の食卓は、世界中の「誰も食べなかった魚」でできています

タコ。サバ。どれも日本の食卓の定番です。ところがこれらは、かつて産地では「食べるもの」とされていなかった魚たちです。

モーリタニアではタコは「悪魔の魚」として忌避されていました。ノルウェーではサバは養殖魚の餌でした。日本がこれらの魚を食べ始めたことで、産地に産業が生まれました。

逆のパターンもあります。ノルウェーでは食べられていたサーモンを、日本では「生で食べるもの」とされていませんでした。ノルウェーが日本に売り込んで定着したのがサーモン寿司です。その話はサーモン記事で詳しく書いています。

この記事では「海外では食べられていなかった魚を日本人が好んで輸入してきた歴史」と、今そのパターンに起きている変化を整理します。


モーリタニアのタコ——「悪魔の魚」が一大産業になった

アフリカ大陸北西部に位置するモーリタニアは、国土の約9割がサハラ砂漠です。長い海岸線を持ちながら、伝統的に砂漠の遊牧民として生きてきた人々にとって、タコは食べるものではありませんでした。「悪魔の魚」として忌避されていたという記録があります。

そのモーリタニアのタコが、現在は日本のタコ輸入量の約3分の1を占めています。

この変化の背景に、ある日本人の仕事があります。日本政府の援助事業に携わった人物が現地に渡り、遊牧民に漁業を教え、海水の淡水化装置・カヌー・冷蔵庫・加工場・製氷器・冷蔵トラックといったインフラを整備して、3000人を超える漁師を育てました。「獲るだけでなく、加工・貯蔵・運搬・販売をシステムとして機能させる」という一貫した仕組みを作り上げたのです。

現地の人々が食べない魚を、日本向けに輸出する産業として確立した——これはモーリタニアの経済にとっても、水産物が輸出総額の約30%を占める主要産業になるほどの変化をもたらしました。


ノルウェーのサバ——漁船の余ったスペースから始まった

ノルウェーサーモンの記事でも触れましたが、ノルウェーはサバも日本に大量輸出しています。現在、日本で流通する塩サバの約80%はノルウェー産です。

ところがサバの輸出が始まった経緯は、サーモンの国家プロジェクトとはまったく異なります。

ノルウェーではサバを食べる文化がなく、1980年頃までは養殖魚の餌として使われていました。転機は偶然訪れました。マグロを買い付けに来た日本の冷凍漁船が、帰りに余ったスペースにサバを積んで帰ったことから、日本へのサバ輸出が始まったのです。

国家戦略でも外交交渉でもなく、冷凍船の「余ったスペース」が起点でした。

現在のノルウェー産サバは、脂肪含有量が最大30%と国産サバより際立って多く、9〜10月に最も脂が乗るタイミングで漁獲して日本に輸出されます。「塩サバはノルウェー産の方が旨い」という人が増えているほど品質が評価されています。


チリのサーモン——ノルウェーの成功を見て育った養殖産業

サーモンはこの記事の「未利用魚を日本が輸入した」という構造とは異なります。ノルウェーが日本に売り込んで生食文化を作った話、そしてチリがその後追いで養殖産業を拡大した話はサーモン記事をご覧ください。


ツナ——日本の遠洋漁業が世界の漁場を開いた

ツナ(マグロ・カツオ)も同じ構図の歴史があります。

マグロの刺身・寿司は現在世界中で食べられていますが、かつてアメリカではマグロは「貧しい人の缶詰の中身」でした。日本の遠洋漁業が太平洋・インド洋・大西洋の漁場を開拓し、冷凍技術でマグロを世界規模で流通させた歴史があります。


今、そのパターンが逆転しつつある

かつての構図は「日本だけが食べる魚→産地に産業が生まれる」でした。

今はその構図が変わっています。

モーリタニア・モロッコのタコは、スペインをはじめとするヨーロッパでのタコ消費量が増え、日本が買い負けるようになってきました。西アフリカ沖のタコ不漁も重なり、日本のタコ輸入量は1993年の13万トンをピークに減少が続いています。

マグロも同じです。日本の遠洋漁業が世界の漁場を開拓して流通させたマグロは、寿司文化の世界的な広まりとともに生食需要が世界に波及しました。現在は日本が世界のマグロ消費の争奪戦に巻き込まれており、クロマグロの漁獲制限が遊漁にまで適用されるようになった背景には、この世界的な需要増加があります。

タコ・サバ・マグロ——日本が「発見」して食卓に並べた食材を、世界が後追いで需要を作り、今度は日本が競争相手として争う構図になっています。


寿司文化の世界的な普及がもたらしたもの

1980年代以降、世界の主要都市に寿司レストランが広まりました。生魚を食べる食文化が「ヘルシー」「スタイリッシュ」として受け入れられ、アメリカ・ヨーロッパ・中国の中間層に浸透しました。

この普及は、日本の食文化の影響力という意味では誇らしい話です。ただ同時に、世界中の魚の需要を底上げしました。かつて「日本人しか食べない」から安く大量に買えていた食材が、世界的な競争にさらされるようになった。

日本の食卓の豊かさは、世界がまだ食べていなかったものを食べてきた歴史によって支えられてきた側面があります。その余白が、少しずつ埋まってきています。


店長の結論

「誰も食べなかったもの」を食べてきた国の話

モーリタニアの砂漠の民に漁業を教えて3000人の漁師を育てた話。漁船の余ったスペースに積んで帰ったサバが塩サバの80%になった話。寿司文化が世界に広まってサーモンが争奪戦になった話。

どれも「食べる」という行為が経済と文化と地政学を動かしてきた話です。

釣り人として魚を食べるとき、その魚がどこから来て、なぜ食卓にあるのかを少し考えてみると、魚の味が少し違って感じるかもしれません。


本記事の輸入量・輸出量等の数値は各種公開資料をもとにした参考情報です。最新のデータは農林水産省・財務省貿易統計でご確認ください。