子どもが覚えているのは、尾数ではない
ピークエンドの法則を釣行に応用する話
子どもを釣りに連れて行った帰り道、こう聞くお父さんお母さんは多いです。
「今日楽しかった?」
でも店長としては、この質問自体があまり意味を持たないと思っています。楽しかったかどうかは、その場では大体「うん」としか返ってきません。本当に効いてくるのは、1週間後、1ヶ月後、その子が「釣りまた行きたい」と自分から言うかどうかです。
そして、その「また行きたい」を決めているのは、釣れた数ではありません。
ピークエンドの法則とは何か
心理学に「ピークエンドの法則」という考え方があります。
人はある体験を振り返るとき、その体験全体を平均して評価するわけではありません。**いちばん感情が動いた瞬間(ピーク)**と、その体験がどう終わったか(エンド)、このふたつでほぼ記憶が決まる、という考え方です。
途中がどれだけ長くても、どれだけ退屈でも、あまり覚えていません。逆に、途中がそこそこでも、ピークとエンドさえよければ「良かった体験」として記憶されます。
これは大人にも当てはまりますが、子どもの方がよほど正直に出ます。大人は「今日は釣果はイマイチだったけど、天気も良かったし悪くない一日だった」と、理屈で帳尻を合わせられます。子どもはそれができません。ピークとエンドがすべてです。
尾数はピークにもエンドにもなりにくい
ここで親御さんが陥りやすい勘違いがあります。
「たくさん釣れれば、いい思い出になるはずだ」
これ、半分正解で半分間違いです。確かに大量に釣れれば楽しいです。でも、尾数を積み重ねる行為そのものは、実はピークになりにくい。魚を1尾釣る、また1尾釣る、また1尾釣る。この繰り返しは、子どもの記憶の中ではだんだん均されていって、「たくさん釣れた日」という漠然とした印象にしかなりません。
それより強く残るのは、たった1回の出来事です。
- 大きい魚が掛かって、竿が持っていかれそうになった瞬間
- 誰も予想していなかった変な生き物が釣れた瞬間
- 自分でエサをつけられた瞬間
- 親が本気で驚いた顔をした瞬間
尾数を10尾から20尾に増やす努力より、この「1回の強い瞬間」をどう作るかの方が、記憶への効き目はずっと大きいです。
ピークは、親が思っているところにない
もうひとつ、店長がお店で親御さんと話していてよく感じるのは、大人が想定しているピークと、子どもの実際のピークがズれていることです。
大人は「大きい魚が釣れた瞬間」がピークだと思っています。もちろんそれもピークになり得ます。でも実際に子どもの反応を見ていると、
- 針にエサをつけられた(虫が触れた)瞬間
- 変な形の生き物が釣れて騒いだ瞬間
- 自分で仕掛けを結べた瞬間
- 親に「すごいじゃん」と本気で驚かれた瞬間
こういう、釣果と直接関係ない場面がピークになっていることがかなり多いんです。
だから、親が「今日は大した魚が釣れなかったから、微妙な一日だったかもしれない」と思っていても、子どもの中では別のどこかにピークができていて、意外と満足していたりします。逆に言うと、親は「釣れる・釣れない」ばかり気にしていると、本当のピークを見逃します。
エンドの設計は、釣果より完全にコントロールできる
ピークは狙って作れる部分と、偶然に左右される部分があります。大きい魚が来るかどうかは、正直こちらでコントロールしきれません。
でも、エンド、つまり「その日をどう終えるか」は、ほぼ完全に親のコントロール下にあります。ここが、店長がいちばん強調したいポイントです。
釣果に恵まれなくても、エンドさえ良ければ、その日は「良かった日」として記憶されます。逆に、たくさん釣れても、疲れ果てて不機嫌なまま撤収すると、「なんか疲れた日」に上書きされることがあります。
エンドを良くする工夫は、たとえばこんなものです。
- 疲れる前に切り上げる(「まだやりたい」で終わるくらいがちょうどいい)
- 帰り道に釣れた魚の話をする(「あのときの魚、すごかったね」と一緒に振り返る)
- 帰ってからその魚を食べる、あるいは飾る(体験を「もの」として残す)
- 最後に「楽しかったね、また来ようか」と親から言う
特に最後のひとつは効果が大きいです。子どもは、その日の評価を自分だけで決めているわけではありません。親が「楽しかった」と言えば、その日は楽しかった日になります。親が疲れた顔で「もう疲れた、帰るよ」とだけ言えば、その日は疲れた日になります。
同じ釣果でも、終わり方ひとつで記憶が変わる。これは大袈裟でも精神論でもなく、心理学が説明している現象です。
「もう少しやりたい」で切り上げる勇気
これは実際にやってみると、かなり勇気がいります。
子どもが「もっとやりたい」と言っているのに切り上げるのは、親としては少し後ろめたい気持ちになります。せっかく来たんだから、機嫌がいいうちにもう少し粘らせてあげたい。そう思うのが普通です。
でも、ピークエンドの法則で考えると、これは逆効果になりやすいです。「もっとやりたい」のまま終われば、その気持ちごと記憶に残ります。粘って、疲れて、飽きて、ぐずり始めてから終わると、最後の記憶がそちらに上書きされます。
店長としてのおすすめは、子どもが最高潮に楽しんでいる、まさにそのタイミングで「そろそろ帰ろうか」と声をかけることです。物足りなさを少し残すくらいがちょうどいい。それが「また行きたい」に直結します。
店長のまとめ
子どもの釣行を「いい思い出」にしたいなら、優先順位はこうです。
- エンドを設計する(疲れる前に、物足りないくらいで切り上げる)
- ピークになりそうな瞬間を見逃さず、一緒に驚く(釣果に限らず、子どもが反応した瞬間を拾う)
- 尾数を追う(これは最後でいい)
尾数を増やす努力がまったく無意味とは言いません。でも、それだけに時間と気力を使い切ってしまうと、肝心のエンドがおろそかになります。疲れ果てた親が不機嫌なまま撤収すれば、その日のエンドはそこで決まってしまう。
釣れても、釣れなくても。子どもの記憶に残るのは、結局のところ尾数ではなく、一番はしゃいだ瞬間と、その日の終わり方です。
出発前の準備から当日の段取りまで、実務的な部分は親子釣り完全ガイドにまとめています。エンドの設計をうまくやるためにも、段取りで消耗しないことが土台になります。よければあわせて読んでみてください。